省令延期⇨再度の検討会をへて救命いかだ省令はどうなったか
昨年10月、ある情報がきっかけで発覚した「船舶安全法施行規則の一部改正(以下、『救命いかだ省令』)」は全国の遊漁船業者に大混乱をもたらした。省令はパブリックコメントを受けて12月の公布直前に延期され、再度検討会が開催された結果、大幅に改正されるに至った。その内容とは、どんな結末を迎えたのかをお伝えしたい。
本誌でも既報のとおり、救命いかだ省令は本来昨年12月に公布(遊漁船への施行は令和7年)の予定だったが、直前に延期措置がとられた。その後、遊漁船業者を含む検討会が7度開催され、国交省は改正点を含む「小型旅客船等の安全対策」を新たに同省のHP上に公開した。
まずはここまでに至る経緯などから簡単に解説してみよう。
こうして延期されるに至ったいかだ省令は周知不足のまま制定
そもそもこの省令が制定される原因となったのは、2022年4月に起こった知床遊覧船カズワンの沈没事故である。26人(うち6人は認定死亡)もの尊い命が失われ、その後、旅客船を管轄する国交省海事局が事故防止委員会を立ち上げ、小型旅客船等の安全対策(救命いかだ省令案)を策定した。
その内容は見つけにくい同省のHPに公開されただけで、中に潜む重要案件=位置発信装置、法定無線、救命いかだ搭載の義務化に関しての内容は、遊漁船業者に一切通知されなかった。
要するに当事者が知らないまま公布、施行されようとしていたのだ。明らかな周知不足である。
発覚の元となったのは昨年12月の省令案公布直前の10月、ある船宿へ届いた「補助金申請」の通知からである。その内容を見てびっくり仰天。東京湾奥などの一部平水を除くエリアを航行する船は、同省が規格した通信機器や救命いかだを搭載する義務を負うというものだった。
とくに高額な救命いかだの搭載は全国1万3千軒に及ぶ遊漁船業者へ経済的、物理的にも多大な負担を強いることになる。加えて国交省の補助金は遊漁船へは適用されないと判明し、施行されれば廃業を決断するという船宿も少なくなかった。
すぐさま(公財)日本釣振興会(以下:日釣振)、日本釣りジャーナリスト協議会(以下:J協)などの関係団体、一部関東の船宿店主と国交省海事局、水産庁による意見交換会が数度開催され、激しい意見の応酬が繰り返された。
同時に日釣振を通して「釣魚議員連盟」を始めとする国会議員などへも陳情し、この法案の改正、遊漁船への施行停止を訴えた。また釣りファンへも国交省へのパブリックコメントの投稿を求め、その声は同省始まって以来という数に達した。
救命いかだ省令への反発は、確実に大きなウネリとなって国交省へと押し寄せ、潮の流れさえも変えていった。なんと公布直前の12月に遊漁船に対しての省令延期が伝えられたのだ。
余談ではあるが、過去に審議済みの省令が決まってからの延期措置は例がない、と当時の海事局室長が語っていた。それほど異例のことなのである。
しかし廃案ではなくあくまで延期である。不可解な措置にホッとする間もなく、国交省海事局は改めて「知床遊覧船事故を踏まえた遊漁船の安全設備の在り方に関する検討会」の開催を通達した。要するに遊漁船業者のみを対象とした省令、特例措置の再検討会である。
この検討会には当初の省令策定にかかわった事故対策委員の有識者、関係者のほか、全国各地の遊漁船業者代表6名、日釣振、J協から各1名の参加も得て、3〜6月まで計7回にわたって開催された。
バスボートにも搭載義務!?当初の救命いかだ省令の問題点
カズワンの事故を契機に制定された救命いかだ省令は当初、国交省が管轄する観光船などのレジャー船だけの話だと、だれもが思っていた。ところが小型旅客船という枠には遊漁船も含まれていたのだ。遊漁船を管轄するのは水産庁なのだが、事故対策委員会に出席していたにもかかわらず、業者への通知は一切なかった。
補助金に関してもレジャー船は国交省、遊漁船は水産庁の管轄となる。予算の財布を握るのは財務省で、国交省の予算申請は通ったものの、水産庁の申請(わずか5億円)はあえなく破棄された。遊漁船には補助金さえも出ないことになったのである。
この間の水産庁の姿勢に関しては遊漁船業者、関係者、釣具業界からも疑問視され、明らかに怠慢ぶりを露呈した。
ともあれ、延期となった省令案の問題点をあげてみよう。
この省令によって遊漁船が負担するのは、位置発信装置(自船の位置を知らせる装置)、法定無線(陸上の中継地と常時連絡できる無線)、そして救命いかだの3点である。前記2点に関してはすでに搭載済みの船も多く、補助金さえあればそれほどの負担にはならない。問題は救命いかだである。
義務化されるのは各地の海水温が20度を下回るエリアを航行する場合だ。これは気象庁が全国107海域+湖に区分し、過去30年間の海面水温の平均値を元に設定した海域早見表に基づいている(航行区域などにより詳細に区分される)。
全国的に見ると、前ページ下の図にあるとおり最低水温により3分割されている。
① 10度未満
② 10度以上15度未満
③ 15度以上20度未満
①〜③までのエリアは規定の水温を下回る時期、何かしらの条件を満たさないと、救命いかだの搭載を免れない。分かりやすく言えば、鹿児島県の一部と沖縄県以外の遊漁船は、なんらかの条件があてはまると救命いかだの搭載が義務づけられるのだ。とくに①の区分はたとえ平水域であろうと、10度以下になる時期に航行するには救命いかだの搭載が必須となる。
一つの例をあげよう。滋賀県の琵琶湖(分類上は霞ケ浦などと同様に海区指定となる)は平水域で救命いかだ搭載は不要と思えるが、1〜3月までの間は水温が10度を切る。つまり、この時期にバスボートのチャーター船で釣りをするには救命いかだの搭載が義務付けられるのだ。
「バスボートに救命いかだ!?」
今回検討会の委員として出席した琵琶湖遊漁船業協会の杉村和哉さんは、「あんな数十キロもあるいかだ、どこに置くんですか。無理に搭載してボートを走らせたら、それこそ事故を起こようなものです」と大いに憤っていた。かといってその間、休業するわけにもいかない。まさに業者にとっては死活問題なのだ。
その負担を安易に軽減しようと国交省が提案したのが「いかだの搭載を要しない」特例措置である。その内容はまるで釣り船の実態にそぐわない、机上の空論に等しかった。
航行海域(母港から5海里未満)、水密全通甲板(船内に海水が侵入しない構造)などの特例があるが、いずれも水温次第(15度以上20度未満に限られる)。水温や海域に左右されない特例として記載されたのが伴走船と救助船の配備だったが……。
1. 最低水温によらず、対象船舶の航行時に「伴走船」を伴う場合はいかだの積みつけは不要。
水温は無関係なので、一見してありがたい措置に思えるが、「伴走船として利用する場合、旅客(釣り客)の搭載は不可」とある。
一隻の船が釣りをするにあたり、もう一隻の伴走船を用意して近くに置けというのだ。そんな非現実的な話、どこの船が実践するのだろうか。
2. 水温区域③(15度以上20度未満の時期)に限るが、「迅速に救助可能(事故通報後30分以内に到着)な救助船を配備(対象船が複数でも可)している船舶。ただし救助船も旅客の搭載は不可」
これも伴走船と同じく旅客の搭載は不可とあり、まったく現実的ではない。つまり、複数の遊漁船が共有できるが、救助船の定員内に限られるという措置で、たとえば救助船の定員が20人だとすれば、20人乗った遊漁船では1隻しか認められないわけだ。
その他、位置発信装置、法定無線、水密全通甲板なども、細かい部分まで突き詰めていくと、まさにツッコミ所満載。
何より、公布直前になっても、国交省が規格した改良型救命いかだが製品にもなっておらず、まだだれも実物を見たことがないというふがいなさ。これには船長たちもあきれて、怒りと嘲笑を繰り返していた。
この省令の施行が延期になった理由の一つに、いかだの製造が間に合わないこともあったが、それは表向き。数度にわたる現場の船長たちとの意見交換会で、国交省が提案した方策がいかに荒唐無稽で無意味だったかを思い知ったからに違いない。
特例案は大幅に改正されたいかだは伴走船で不要に!?
知床の事故を受け制定された「小型旅客船の安全対策」は、すでに国交省管轄の遊覧船などの一般旅客船については施行されている。延期となったのは水産庁管轄の遊漁船への施行だ。
国交省海事局では延期通達の直後に、遊漁船のみに限った実効性のある方策をめざし、新たに検討会の立ち上げを提案した。
「知床遊覧船事故を踏まえた遊漁船の安全設備の在り方に関する検討会」が名目である。法定無線、位置発信装置、救命いかだなど、それぞれの項目について一つ一つ検討し、国交省、遊漁船業者などのほか、利用者(釣り客)までが納得する方策を打ち出そうというもの。委員のメンバーは下表にあるとおり、任意で選出された全国各地の遊漁船業者6名が加わっている。
検討会では通信機器関係や水密甲板など、当初の事例を改めて吟味し直し、国交省が提示した新たな特例措置の解析と検分をテーマに話し合いが進められた。当初は4回の予定だったが、議論は長びき7回まで延長された。
あくまで基本は人命尊重、安全に釣りを楽しめる環境を構築するのが目的である。知床の事故を教訓とした新たな安全対策に、お互い妥協点を模索しつつ、実情にそぐわない点は徹底的に追求するかたちで会は進んだ。その結果が以下のとおりである。
公布、施行はまたまた延期に
法定無線、非常用位置発信装置についてはほぼ義務化となった。法定無線については、たとえば関東エリアの遊漁船にはほぼ搭載されているので、義務化となっても負担は少ないはずだ。
ただ、自船の位置、安全に関する情報などを送受信する非常用位置発信装置AISはすべての船に搭載されているわけではない。多少の負担(簡易型で10万円台)はあるかもしれないが、これも安全のため、義務化の方向もやむを得ないと結論づけられた。
議論の最大の争点となったのはやはり救命いかだ搭載である。救命いかだの搭載を要しない特例措置として着目されたのが水温に関係なく、伴走船を伴う場合だ。近くに伴走船がいれば、緊急時に海上保安庁の船を呼ぶより、格段に早い対応が可能なわけだ。
当初、伴走船には釣り客の搭載は不可とあったが、定員内で救助できる余地があれば(定員40人乗りの船に20人が乗船している場合、20人が救助可能な枠)伴走船として成立となった。季節による水温の高低にかかわらず、伴走船を伴えば、許された範囲内への操業が可能となったわけだ。
伴走船の設定は、
1. 2〜4隻まででお互い視認できる位置にある
2. 船団内の他船の「要救助者を搭載できる枠」を合算して船団を形成
3. 相互に連絡可能な無線、救助者を乗船させるハシゴ、浮き輪などを設置
以上が条件となる。
例をあげよう。水温分布②のエリアを基地とする遊漁船は水温が15度未満のときはいかだ搭載を義務づけられていた(母港から5海里以内の限定沿海以遠)が、伴走船を伴うことで回避できることになる。
ただし、視認できる範囲となると、釣り物によっては無理がある(近場のアジ、沖のイカなど)。その場合は同港、もしくは隣の港の船同士でアジ狙いの伴走船、イカ狙いの伴走船グループを設定し、船の検査証に表記しておく。要は救助できる搭載人員をお互い確保して、視認できる位置で操業すればいればいいわけだ。
伴走船の設定枠も拡大された。最近では50人は乗せられる大型船でも、わざと定員を抑えている船もあるが、船の復元性や搭載場所を検査機関が確認することで、別枠人数を認められた。定員20人しか取っていない大型船でも「合計40人搭載可能」とあれば、20人の満船状態でも伴走船として成立するのだ。
この特例案は大きな進歩である。港同士、視認できる近隣の港同士で伴走船グループを作れば、周年変わらず営業でき、釣り人も安心して乗船できるわけだ。
とはいっても、この特例はすべての業者に及ぶわけではない。港に遊漁船が1隻しかなく周辺に港もない所、釣り物により単独操業となる場合で限定沿海以遠を走行する場合など、伴走船が組めないケースもある。この場合はいかだ搭載は免れず、そのときこそ必要となるのが補助金制度である。
水産庁の予算は昨年、財務省に却下された。今年も申請したようだが、すんなり通るかどうかは疑問。また北海道など①エリアの中には、いかだ搭載を希望する船(補助金が出れば)もあるようで、無線や発信機の搭載費用も考慮すれば、この省令案も補助金あっての話となる。
その他の事項については、譲歩はせず納得できる範囲で合意に至った。詳細は国交省のHPを参照いただきたいが、この改正省令案はいつ施行されるか、だれもが気になる点だ。
後日、国交省から検討会のとりまとめを取り入れた遊漁船業者向けの「小型旅客船等の安全対策」が公開されたが、適用日はまたも「検討中」とある。
この理由を聞いてみると、補助金制度、必要機器や改良型救命いかだの供給体制、遊漁船業者への周知などが整った時点との回答。このまま廃案になるのでは?とも聞いたが、「それは絶対にありません」と語気を強めた。
というなら、国交省海事局並びに水産庁は全国の遊漁船業者にこの改正省令案を周知徹底する義務がある。そののちパブリックコメントを募集し、理解を得られたところで公布→施行という流れだろう。まだまだ時間はかかりそうである。本誌ではまた新たな動きがあれば逐一報告するつもりだ。